分け合えば良いんだ。

2021年09月02日

最近読んでいる本で、私の概念を180度変えられた事がいくつかあります。

本を読み終わる前に知ったいくつかのことで、私は自分の考えの未熟さと今までこうだと思っていたこと(概念)が全く違った事に対してすごく悩みました。悩んで、友達に話して、また本を読んで、自分で考えての積み重ねでした。一旦は、自分の夢についても疑いました。夢が崩れかけました。


でも、たくさん考えて、本を読むことを辞めないで読み続けていたら、こうかもって思うことがありました。それは、「分け合えば良いんだ。」って事です。

なので今日は、私が思ったことで読んでくれている人にシェアしたいこと「分け合えば良いんだ。」という事について書きます。


まず、私が最近悩んでた事が何かというと。以前ブログに書いたように「しろ」というポップアップをするために今様々なアイディアが浮かんでいて、そのアイディアを実現させるために勉強していることで悩みが生まれました。それは、目が見えない人にも心踊るモノを伝えたいと思ったので、それを勉強するために「目の見えない人は世界をどう見ているのか」という本を読んでいて感じた、悩みです。悩みなのか壁だったのかはわからないです。


この本を読む以前は、私は見えない側(本と同じ表現です。)の人たちは、点字が読めるから見える側の人が目でみて美しいとか心踊るモノを点字で表現しよう。と思っていました。


ですが、見えない側の人にも点字をしっかり認識できる人は全体の20%にも満たない、ましてや彼らは目という器官をを使って見ていないだけで、耳や手などの器官で見ている。ということを知りました。

私は勝手に、見えない人たちから「見る」ということを奪っていたんだな、私が思っている世界はほんの一部でこの本に書いてあることも、今までの自分の頭の中の想像になかったんだとわかった時、私は自分の「誰かを笑顔にする」という夢が崩れかけました。だって、私の自己満足なのかもしれない。って思ったからです。


そう思って、毎晩考えを巡らせていました。でも、この本の終盤に差し掛かった時分かった事がありました。それは、「経験がないものは、最初からわかるはずない。だから、自分の持っている世界を分け合えばそれぞれの世界が広がる。」ということでした。


実際に、この本にもいくつかの体験談が書いてあって、見える側の人が見えない側の人に視覚で見えている絵画を言葉で伝えたときに、何百回と見ていたはずの絵画が草原を描いていたのではなく湖を描いていた絵画だった。という話がありました。


これはまさに「分け合った」結果の気づき(見える側)と、見える人が状況を教えてくれたことで絵画を見る事ができた(見えない側)という、「分け合った」ことで見つかった幸せなんです。(嬉しいこと)


私が思う「分け合う」は、上記の例以外にも様々な場面で起こります。

美味しモノを分け合った幸せとか、良い曲を共有(分け合う)ときとか。色んな場面で言えると思います。


「分け合う」について書きましたが、これは「分け合う」=「思いやり」なのかもしれません。今日は少し長くなったのでこの辺にしますが、私はこの本で自分の未熟さと、思いやりを持って行動することの尊さに気づきました。いつも読んでくれるみんなは私に時間を分けてくれていて、私はみんなに私が発信したいことを分けられているんですね。いつもありがとうございます。


いつもあんなに頑張る力を分けてくれてありがとう。まだまだ、文章は下手ですがよろしくお願いします。(心から出てる言葉なので、大目に見てください笑)

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